SF 小説や古めかしいパルプ雑誌のファンの中には、パンデミックによる孤立と、文化的な大混乱が起きていた 2020 年に HBO で放送された『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』を目にして、その魅力にくぎ付けにされていた方もいらっしゃったかもしれません。
しかしテレビ画面の向こう側では、世界的なクリエイティブ制作スタジオである The Mill が、バーチャル空間でのコミュニティ構築に奔走していました。結果、世界中の人々が集まり、リアルタイムにアート、音楽、パフォーマンスを楽しみながらドラマ版シリーズについて語り合い、謎解きを楽しむ場が生まれました。
『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』を見ると、すべてのエピソードに、特殊効果、現実に即した歴史上の設定、それに魔法、ホラー、秘密結社、タイムトラベルなど、視聴者を驚かせる要素がふんだんに盛り込まれていることが分かります。
The Mill でこの体験のプロデューサーを務めた人物は、HBO と協力して、このシリーズの幻想的な世界の魅力を十分に伝え、番組の制作者が作った人種や歴史にまつわるストーリーラインにも忠実でありながら、番組放送前に世界が直面していた社会的および文化的な問題の重要性を損なうことのないバーチャルリアリティイベントを作り上げました。
もう 1 つの重要なポイントは、Oculus Quest のローンチタイトル群のサイズが 平均 800MB 程度あったため、The Mill は一般的なインストールファイルの数分の 1 のサイズのアプリを使って、没入型イベントを提供しなければならなかった、ということです。
The Mill のアソシエイトクリエイティブディレクターである Sally Reynolds 氏と、スタジオのクリエイティブテクノロジー部門の責任者である Kevin Young 氏に、『Lovecraft Country: Sanctum』制作の舞台裏について語ってもらい、このプロジェクトで出会い、かつ一般的な開発にも共通して現れるであろう、6 つの制約を解決するためのヒントを伺いました。
HBO は、人々がロックダウンで家に閉じこもってしまう状況にあって、視聴者にとって魅力的に映る体験を求めていました。ソーシャル VR は、私たち(The Mill)が提案したアイデアのひとつですが、VR はプラットフォームとして見れば、すでに VR ヘッドセットを持っていて、その技術に夢中になっている人たちだけのためのものです。私たちの視聴者はこれまで VR に触れたことのない、メディアのインフルエンサーたちでした。この人たちにまず、VR というメディアを知ってもらう必要がありました。そこで、それを実際の体験の一部とし、各イベントにちょっとしたオンボーディング活動を組み込みました ― Sally Reynolds 氏、The Mill、『Lovecraft Country: Sanctum』の体験ディレクター
私たちはいくつかのソーシャル VR プラットフォームを検討し、それぞれの特性や強みを調べ、また独自のカスタマイズを行える、今回の場合はすなわち、独自のワールドを作れる開発者キットについて評価しました。クリエイティブの観点から、アバターの外見をコントロールする必要がありましたが、それを実現するには、アバターの完全なカスタマイズをサポートするプラットフォームが必要でした。それが VRChat だったのです ― Sally Reynolds 氏
Sally が言ったように、ゲストが VR 体験に触れたことがあると期待することはできませんでした。Oculus Quest を持っている人はそんなに多くありませんし、100 人のインフルエンサーを招待したとして、それぞれが VR ヘッドセットを持ち、フル装備のゲーミング PC を持っていることを求めるのは、ちょっと無理がありました。
しかし、スタンドアロンかつ持ち運びにも向いた VR デバイスである Oculus Quest をこちらから参加者に送れば、誰もがこの体験に同じようにアクセスできることを確信していました。
プラットフォームは Unity で動いていて、自分たちでコードやシェーダーを書くことができるとわかっていたので、Oculus Quest の技術的な制約の範囲内であれば、どんなクレイジーなアイデアでも実行できると確信していました ― Kevin Young 氏、The Mill、『Lovecraft Country: Sanctum』テクニカルディレクター
もう 1 つ、私たちが直面した「第 3 の壁」とでも呼ぶべきものは、加速していくタイムラインでした。Unity を使えば何でもできますが、逆に、では手元にある時間で何ができるのかを考える必要がありました ― Sally Reynolds 氏
私たちは、「全体から詳細へ」のアプローチで作業を進めました。ゲームのステージ制作の初期段階と同じように、巨大なブロックを使ってワールドを作りました。そして、ワールドを作ったらチーム全員にすぐにその中に入ってスケール感を見てもらい、「あの顔は大きすぎる」「あの小道具は小さすぎる」など、意見をもらいました。これが実に重要でした。
こうしたアプローチで制作をする時、リアルタイムプラットフォームの価値が最大限発揮されます。何かを作り、それを公開したらすぐに大勢の人がその中に飛び込んで歩き回ることができるメディアは他にはありません ― Kevin Young 氏
VRChat と Oculus Quest を選んだことで、ファイルサイズに 50MB までという制限がかかりました。このような制約があるため、ビジュアルスタイルについて、ドラマ版シリーズとモバイル VR 版とで、作り込みの程度を直接比較されないようにしたかったのです。
サイズを小さくするためには、どのディテールを残すかを厳選する必要がありました。実際に体験の中に入ってみると、ユーザーに実際に見えるものとそうでないものの区別ができます。そこで、いったんすべてを取り払い、より重要な場所を選んでそこを作り込むという方針を取りました。例えば、アート作品のインスタレーションなどがそうです。そこでは、作品を忠実に再現し、滑らかで美しい照明を使うようにしました ― Kevin Young 氏
ドラマ版の小道具や写真、物語の手がかりなどをたくさん盛り込み、シリーズとのつながりが見えるようなストーリーラインを描きました。しかし環境のほうは、番組と同じような見た目にならないよう、『ラヴクラフトカントリー』の世界を未来風にアレンジしたものにしました。
また幸運なことに、ドラマ版の出演者が体験内でナレーションや朗読をすべて担当してくれたのですが、これはとても素晴らしいことでした。
ドラマ版で聞いた声が聞こえることで、この体験がドラマ版シリーズとつながっていることを強く感じられ、私たちが達成しようとしていたことを成し遂げることができました。これは私たちの物語ではなく、出演者たちが作った物語であり、出演者の声があったからこそ成功したのです ― Sally Reynolds 氏
『Lovecraft Country: Sanctum』の制作の舞台裏にまつわるより詳しいストーリーは、下のリンクからアクセスできるページ(英語)でご覧ください。
Is this article helpful for you?
Thank you for your feedback!